小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線61

「まっ。とりあえず、3人で祝杯しません?」

嬉しそうに馬渕が言った。

(あっ 約束違うだろ)

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馬渕が行きつけの居酒屋「雪郷」は、西崎らの行きつけ店の真裏の場所にあった。

中原街道より、一本裏。田園調布に近いだけあって、雰囲気もどことなく高級っぽさが滲み出ている。

おかげで、騒がしい若者グループの姿もなく、静かな店の雰囲気が気に入った。

「へー、良い店じゃん。ぜんぜん気づかへんかったわ、ココ」

西崎も気に入ったのか、上機嫌で見回し、あちこち調度品やお品書き、座布団などを触りまくっている。

「うわぁ、みてみて。まさかこのテーブル、屋久杉?」

西崎が感心するように、厚み10センチほどの天然木、琥珀色に磨き込まれた木目が素晴らしい。

でもまさか、屋久杉なら数百万円は固い。すると馬渕は

「僕もオーナーに聞いたことあります。屋久杉じゃないらしいです。たしか岩手か青森、東北地方の大杉とか」

「なるほどね、店のコンセプト・・・雪国かぁ。しょっちゅう来てるん?ここ」

「お昼の定食やっていた時は常連やったです。今は夜だけなので、滅多に来ません」

「ふーん、じゃあ碧もここで昼ご飯してたん?」

「えぇまぁ」

碧の名前にドクンと胸が鳴る。

さりげなさを装いながら

「今夜は留守番?・・・森島さん・・・来なかったですね」

「うん、風邪だと思うけど夕べから微熱があるって」

「えッ。医者には」

「ノドの奥がひりひりするって言ってたから風邪だろうて」

「でも念のため。。。」

すると西崎は にやけながら

「ちょー。何よ。そんなに心配?」

「あ、いや別に。。。ただ。。。」

 

料理にお酒も雪国地方ゆかりの逸品揃いで、申しぶんの無いものだった。

西崎は、連載の決定がよほど嬉しかったのか、上機嫌で報告後の件についてはすっかり忘れているようだった。

だが突然

「で、話の途中やったけど、馬渕さん」

西崎は居ずまいを正し、馬渕を正面から見据えた。

「え、はい」

「他に報告すること、なんか隠してない?。。。丹後半島

馬渕は

「と、とんでもない。先ほどの報告書がすべて。。。」

慌てぶりの顔が、やはり可笑しい。

ニヤついていると、

「あー、佐伯社長ッ」

「あ、はい」

「社長もなんか隠してるでしょ」

「と、とんでもない。何も。。。それより連載、本当におめでとう。ただ。。。」

「ただ。。。何よ」

「単行本化は、ぜひ我が社から。。。」

すると

西崎は、あーはっはっと笑い転げ、

「あたりまえじゃん、それがために始まったことやん」

「えっ。。。。」

「なに驚いてん」

「男目線に挑戦。。。。が目的。。。」

すると

西崎もハッとした表情になった。

コップの日本酒をくいっと空けるや

「正直に言うわね。。。。」

「え、えぇ」

三好ちゃんよ」

「はい?三好菜穂子?」

「打ち合わせのたんびに頼まれてたの。風の系譜社からもひとつ宜しくって」

「まさか」

「なにがまさかよ。しっかしまぁ。もつべきは優秀な部下だね」

「気づきもしませんでした」

「そうッ。あんたそれが唯一の弱点やね。肝心のことが疎い。。。あ、でも男目線に挑戦、あれは本当なの」

西崎は一息つき、

「おかげでふたつとも解決したって感じやわ。うちってやっぱ天才?」

そう言うと あーはっはっと豪快に笑い転げた。

ゴクリと横で馬渕がノドを鳴らす音が聞こえた。

つづく       

 

 

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。※なお当シリーズで使用の画像は 写真素材 足成様より頂いています。