「馬渕さん」
「は、はい」
「約束して頂けますか」
「って何を」
「彼女・・・・吉岡さん。今度こそ幸せにして頂けますか?」
「はい?」
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私の問いかけに対し、馬渕は顔を逸らした。やがて眼を閉じるや長い沈黙があった。
まるで質問には無視し、店内に流れるファドだけに心を寄せ、聴き惚れている風でもあった。グラスは空になっていた。手持ち無沙汰で、おかわりに何か頼もうかとしたタイミングだった。
「佐伯さま」
とようやく声をあげ私を見つめ返した。目には、力強いモノがあった。
「実はこの三日間、ずっとそればっか考え悩んでました。。。。でも今日、ようやく気づいたんです。まず、この私が幸せになれば良いことじゃないか。それが彼女の幸せにつながるって言う。。。」
なんとまぁ・・・・・・・・
「そんなに彼女の魅力て健在ですか。貴方が幸せになる確信があるほどの」
「そりゃあもう」
馬渕は顔をくしゃくしゃにさせた。
なんとまぁ。。。そこまで惚れてしまったと言うのか。。。しばし無言でいると
「あー」
「え?」
「す、すみません、自分勝手も良いとこですよね。す、すみません」と何度も頭を下げた。
「あ、全然。そうじゃないんです」
おかわりがようやく決まり、「シャンパンふたつ」マスターに声をかけ馬淵を振り返った。
「じゃないんです。頭あげて下さい」
「はい?」
「なるほどなぁと感心しました。先ずは自分の幸福。それが何よりで、すなわち相手も幸福に。これぞ真実じゃないですか」
どうぞ
すっとマスターの手が伸びシャンパンがふたつ並んだ。
「さ、乾杯しましょう。祝杯の」
「え。許してもらえるんですか」
「ま、とりあえず二人の前途を祝し乾杯」
ぐっと一口飲み、
「許すもなにも、僕にはあーだこーだ言える権利などないです。。。でも」
「でも?」
「遠距離恋愛ってのがちょいと。。。」
すると
「佐伯さま」
「は、はい」
「近いうち事務所、畳んで丹後に越そうて思ってます」
「え。。。」
「探偵事務所など。。。仕事の依頼など滅多に。ここ1、2年は特に」
「そんなにもあれですか」
「えぇまったく。知ってますSNS?」
「まぁ」
「たいがいの情報など、誰でも検索できるです。私らに依頼するより、早く簡単に」
「まさか」
「先日、中学んときの同級生 ふと気になって検索窓に打ち込んだです。で、一発とまで行きませんでしたが、2、3回目にヒット。二重のショックだったです。素人でも簡単に探れると言うショック。それと奴、3年前に他界してました」
※
店を出ると満天の星空が輝いていた。
「しかし、たった3日間の出会い。なんか信じがたいものがあります」
「そりゃあもう、一番驚いているのが私なんです。」
「そんなに彼女の魅力て健在でしたか」
「えぇそりゃあもう。一目惚れって言うあれですね。彼女を見た瞬間、運命を感じました。でも」
「でも?」
「今までの生きざまを聞かされれば聞かされるほど、ますます虜(とりこ)になったです」
荻窪駅前タクシー乗り場。タクシーが2、3台客待ちをしていた。
「しかしまぁ、ここから雪谷大塚の事務所て、少し不便だったでしょう」
すると
「いやいや、憧れの池上線。沿線で事務所を持つのが夢でしたから、満足でした。悔いなどありません」
「え。憧れの池上線?て、あの池上線」て訊くと
馬渕は静かに
「えぇ、あの池上線です」と答えた。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。