小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線67

しばしの間、黙ってハガキを見つめていた。すると「佐伯さん一緒に行きませんか、京都」かけて来た馬渕の声に、どきりと胸がなった。

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京都。。。。

最後に訪れたのは、いつだったろう。独立後はとうぜん、旅行など余裕もなく、文芸新春時代も管理職以後、旅行どころか関西方面への出張ともなぜか無縁。さらに家族旅行さえ。。。まさか2、30年ぶり!?

永らく行っていなく、その分常に心のどこかに、憧れとして持っていた。

京都・・・なんと心地良い言葉の響き。

もちろん吉岡紫織。。。作品鑑賞も当然の愉しみながら、彼女の今・・・・この馬渕をわずか3日で惚れさせたと言う魅力。今も衰えぬ彼女の魅力を、この目でぜひ確かめたい欲求が突き上がった。

あの頃の想い出話など、ふたつみっつ。ただ一緒に振り返るだけでも満足に違いない。

いやいや、たとえ会話出来ずとも、彼女との再会。ひとめこの眼で確かめるだけで、それで充分満足だと思った。

嗚呼、たかの。。いや吉岡さん。

展示会にかこつけて、再会するのに、絶好のチャンスとも言えた。断る理由など何もない。

あっ。

けれど、その前に・・・・・

心配そうに覗き込む馬渕の眼を見「ぜひ。。。お願いします」と頭を下げた。

すると馬渕は表情をほころばせ、うんうんと頷いた。店の奥に向かって

「ま、マスターの言ったとおりでしたッ、佐伯さんOKって京都」と声を張り上げた。

すぐ奥から

「ほーら。でしょう、よかったですね」と弾んだ声が返ってきた。

!ん、まさか、この件で盛り上がってた。。。?

「あっ、ま待ってください」

「え。。。NG?。。」

「あっいえ、違うんです。京都、ぜひご一緒に」

「ありがとうございます」

「でもその前に・・」

「。。。?」

「その前に、松浦印刷です」

「あ」

「松浦社長にもぜひ・・・高野さん、いや吉岡さんの今を是非。安心させてあげたいんです。彼、松浦社長も僕以上に棲みついていた筈でしょうから」

言いながら会議室に架けられていた、鮮やかな代々木公園カレンダーを思い出した。

5月、予定通りに出版に漕ぎ着けられたのも、あの代々木の写真がキッカケだとも言える。松浦社長とまさかの繋がりがあったとは。

人の縁(えにし)の不思議さ。その縁を思うと、胸を突き上げるものがある。

「えぇ、わかります。私も気になってました」

言いながらリュックに手をかけた。

「それより何より。。。」

まだ何か?な顔を馬渕は向けたが

「肝心の西崎先生」

と言うと、さっと表情が曇った。

「あっ」

「肝心、要(かなめ)西崎先生にも、今回のコトの顛末など・・」

「うわッ。。。やはり私の件、報告しないわけには。。。」

「あ、あたりまえじゃないですか」

まさか馬渕は、隠し通す気だったと言うのか?

「ですよね、前に言った片づけねばならない案件、西崎先生もはいってます。」

言ってから馬渕はリュックから手帳を取り出し訊いてきた。

「つぎ都合が付く日て御座います?」

「って。。。?」

馬渕はテーブルに頭をつけ

「両方、お願いします。ご一緒に。このとおり」

ふと気付けば、シャンソンは明るい曲調に変わっていた。

つづく

今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。