小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

そして、池上線75

「それよりさぁ、来月行くんでしょ新作展」

「もう待ちきれないって。貴方との再会、すんごく楽しみにしてられたわ」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

寝返りを打つたびに、西崎とも代の言葉が浮かび上がった。いや正確には西崎が語ってくれた、高野さん。。いや吉岡紫織さんの私に対する思いが伝わった日でもあった。馬渕憲一による報告とは少し違いが見られ、やはりそこは同じ女性としての目線の違いなのだろう。

待ちきれない程、この自分との再会が楽しみだと言った吉岡紫織の言葉に嘘などないだろう。それを考えると、もう充分だと思う。もう充分満足で、幸せだと思った。幸せな初恋物語だったと言えるのではないか。

チチチチ・・・デジタルの目覚まし時計、針の音がヤケに響く。手繰り寄せ確認すると、夜中の3時前を指していた。やば、眠らねば。。。月曜からの仕事あれこれ。。。を考え、何度目かの寝返りを打つと、今度は馬渕と交わした会話が、リプレイされ、また振り出しに戻った。 「碧の父親がわりに。。。ぜひ。。。」「私でよければ」 森島碧。。。なるほど父親としての目線。 目線の違いで、こうも見え方が変わるものなのか。新しい発見だと思う。 将来、彼女は文学表現者として必ずや名声を挙げるだろう。何としてでも見守ってやらねば。

そして森島と言えば、やはり西崎とも代。 帰り際に西崎と交わしたある約束が浮かび上がる。 じゃあ、また。と別れ際、突然西崎は両手を合わせ 「佐伯社長。お願い」と頭を下げた。 「何あらたまってますの?」 「お願いがあるの、このとおり。。。明日から三日ほど、推敲を手伝って欲しいの。昔の編集者としての立場で」 「はあ?三好君が居るじゃん」 「もちろん三好ちゃんには、随分と頑張ってもらってる。でも。。。」 「でも?」 「何かと遠慮をしてるようなの、私に対して」 「まさか」 三好菜穂子。。新入社員の時からズバズバ意見を言うタイプで、自分の意見を安易に曲げない頼もしさがある。だが、キャリアを重ねるにつれ、少し丸くなった感も確かにある。と言うより、誰しも避けて通れない編集者スランプに差し掛かっているかもしれない。 ここんとこ、西崎がスランプ続きだったと言うのも、 もしかして三好のスランプにも原因があったと言うことか。。。

久々に、編集者として。。。。西崎邸通い。

そして、池上線での通勤が始まる。。。。いっそ定期でも。。いやいやわずか三日ほどに定期は無いか。。。そんなあれこれを考えているうち、ようやくの眠りに入って行ったのだった。

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そして、5月の京都行きを前にして、3日間の約束で、西崎邸通いが始まったのだった。

そして、 その三日間の約束が1週間になり、10日になり、 まさかのことが、起きようとは、知る由もないことだった。

つづく 今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。