小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その6

浩二に背中を向けたまま、多美恵はまんじりともせず、 苦しそうな息遣いに耳をそばだてていた。 カーテンの隙間から少し覗く空はまだ闇に包まれている。 6時にセットした目覚ましには 時間があるようだ。 直ぐにも振り返り、声をかけてやりたい衝動に駆られたが、 思い直し、じっと耐えた。


年下のくせに 多美恵の前では 決して弱音や泣き言の一つなど、もってな外とばかり、意地を張る癖が浩二にあったからだ。

だが先週末たった一度。めずらしく多美恵に弱音を吐いたのだった。

「来週から白浜や。。。和歌山の。。」 帰るなり そう言ったきり 不機嫌そうな顔をして黙り込んだ。

「え?温泉旅行」 「ちゃう、研修や。白浜の倉庫。。ほら知ってるやろ あの坂本社長んとこ」

「うあー懐かしいね、家島以来会ってないね 久しぶりに聞いたわ へーあの人んとこ 行くん」 無邪気に訊いた。

だが 返事は意外なものだった。

「坂本社長は こっちへ来る。俺 代わりに行くようなもんや」 「研修やのに 代わりて?」 「だから その。。ま、研修は研修や」 「何日ぐらいかかるの?」

うつむきがちな表情で、ただの研修ではないと察した。 「・・・・・・二、三週間ぐらい いやもっとかかるかも知らん」 深く訊いてみたかったが、高城常務から出た話と聞いて、少し安心した。 だが、あらためて観察すると、熱っぽく、だるい表情をしていた。 「え、赤い顔して 熱あるのとちゃう?」

「う、うん かも・・・微熱やろ、多分早よ寝たら治るて」

結局久しぶりに取れた土、日の連休 二日間とも大半はベッドで過ごした。

白浜行きのチケットは田嶋総業本社から用意されていたが、 着替え、身の回りの準備など 多美恵が走り回り整える羽目に。

(高城常務のコトや、悪いようにはならんやろ)

自分に言い聞かせるように、夜明けを待った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ その一日前 2010 3月28日(日)午後1時

和歌山県田辺市 JR紀伊田辺駅前 雑居ビル内4階の一室。

地方都市には不釣合いな英語が飛び交っていた。 だが、集まる5人ほどの男らは 英語圏の人種でもなかった。 かと言って 日本人とも容姿は離れていた。

「29号よ、白浜の失敗 うまいいい訳でも考えて来たのか」 殺風景なビル一室 唯一設けられた家具、会議テーブルの窓側に陣取った男が、 冷酷な表情のまま言い放った。

29号と呼ばれた男は 窓側から射す午後の光にさえぎられ、 その表情がつかみきれなかった男に向き直り、 「想定外の邪魔が入ったもので・・・」 搾り出すように云った。

「想定外・・・常に俺らは 想定外との闘いが 二百人委員会の宿命だ」

「すまない・・しかし 3号・・白浜で 思わぬ発見をしました」 「なんだ云ってみろ」

「あの場所に 陸揚げに格好な岸壁を見つけました」 29号と呼ばれた男は 懐からA4コピー紙を取り出し広げて見せた。 市内地図の一部を拡大複写してあった。

ビルに集まっていた男 全員が覆いかぶさるように覗き込んだ。

「ここが 当初予定の絶壁。しかし その手前 100メートル程の距離に 民間の倉庫がありまして・・」

「倉庫がどうした」

「へへ・・この倉庫 敷地内に自前の桟橋も完備してあり・・・」

「絶壁をよじ登らずとも 直接桟橋に乗り入れろと・・・」 それまで無言だった 隣の男がつぶやいた。

「お、おう」 29号が自慢げにうなづいた。

「しかし・・・倉庫には警備員とか邪魔が付き物ではないか」 「あれから偵察に行きまして・・すると夜中には無人も同然、かりに警備員が居たところで わしら二三人も居れば 子供相手の喧嘩も同然でさあ」

「うーむ・・・4月4日の本番まで丁度1週間。これ以上失敗は許されない」

3号と呼ばれるこの場のリーダーが唸った。

「ですから 自動小銃 手榴弾 その他数百キロの荷物は 直接、船着場からに限りますって」

「よし 明日の陸揚げ作戦は その倉庫の桟橋を拝借に決定だ。 洋上で待機の亜細亜本部に連絡する」

3号は胸ポケットから携帯をとりだした。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 実在するいかなる個人、団体とも 一切の関係はございません

(-_-;)