小説の杜

旧 kazami-k 小説の杜から越して来ました

狂二 Ⅲ 断崖編 その18

「おい、結構あるぜ」 先に崖を登っていた男が呼んだ。 少し登ったところは、 ちょっとした平地になっており草木が生い茂っていた。 平地の手前は土が盛り上がっており、潮含みの風を避けられたのだろう。

「まさか水・・」 痛む左足を引きずりながら、浩二が近づくと、 男はせっせと野草を摘んでいた。 「なんだ水じゃないのか」 がっかりしながら浩二が言うと 「奇跡だぜ、海に面した崖に野草が生えてるなんて」 「そんなのどうするんだ」 「どうするも何も、とりあえずの非常食だ」 「食えるのか」 「なんだ、知らないのか」 「ああ、そっち方面は興味ない人生だったんでな」


男は両手一杯の野草を誇らしげに見せた。 「イタドリに、ハコベ、セリ。これはツクシ。ツクシぐらい知っ てるだろ」 「そりゃあ、ツクシぐらいは知ってる。本当に食えるのか」 「ああ、ただ・・生のままでは無理がある」 「火が必要だな」 中学3年で煙草をやめて以来、ライターやマッチとは無縁だ。 「火、持ってるのか」 「いや、無い・・だが何とかなる。水だって」 何を根拠な男の自信なのか、見当もつかなかったが、 目の前の正体不明野郎が、浩二には頼もしく思えた。 「もう少し摘んでいこう」 その後、しばらくは浩二も見よう見まねで、摘み始めた。

二人とも両手に抱えきれなくなるぐらい摘み終えると、 男が言った。

「じゃあ降りるか、これ以上この周辺には何もないな」

浩二も周辺を見回したが、湧き水など到底、 期待できそうにもなかった。

「登らないのか」

崖を見上げて男は 「このルートでは無理だ。ほら」 男が指さす先を見れば、 10メートルほど登った先は、岩が海側に大きくせり出していた。

「なるほど・・・」 「先ずは浜辺で火と水の調達や」 そう簡単には手に入る訳などないと思ったが、 とりあえず男に賭けてみようと思い始めていた。 男に習って摘んだ野草はジャンバーの内側に詰め込んだ。 妊婦のように腹まわりがせり出した。

浜に下りると、男は波が繰り返し打ち寄せ、”たまり”になっている場所に走った。 そして、まるで大事な落し物でも探すかのように歩いた。

「やはりな」

「今度は一体何が」

「見ろよ ここには色んなモノが流れ着いてる。俺たちが流され て来たように」 云われてよく見れば、板切れに、ガラス瓶。プラスチックの洗面器 などなど。様々なモノが磯に打ち上げられていた。 浩二にとっては、どう見ても単なる漂着ゴミにしか思えなかった。

「野草の次はこのゴミが必要。なんて言い出すんじゃ無いだろうな」

そんな声に無視するがの如く、ガラクタゴミをあさっていた男が言った。 「運ぶのを手伝ってくれ」

男の足元に散乱していたのは、 板切れ、ガラス瓶、蛍光灯と思われる円盤型をしたプラスチック のカバー、 そして鍋も転がっていた。

役にたちそうなのは、鍋だけじゃないのか。 言ってやりたい衝動にかられたが、だまって運ぶのを手伝った。

「雨が降らずとも、とりあえず助かったぜ」 天を仰いで男は笑った。

「これの一体どこが・・・」

バイク&用品ショップ「マツキ」の店内に居た栗原の元に 携帯の呼び出し音が鳴った。 フリップを開けると「ハマレイ」の文字が光った。 白浜冷凍だった。 その後、何か進展があったのか、

「はい栗原です」慌てて出ると 「あ、栗原さん、先ほど観光ホテルから連絡ありまして」 経理の沢田嬢の声が響く。 「なんだホテルか、ホテルがどうした」 「昨晩の宴会場に携帯電話が忘れてあったそうです」 「誰のや」 「ホテル側も 最初、ウチの関係者のモノとの自信がなかったそうですが、 受信暦を見ると、大阪の番号や、うち(白浜冷凍)それに栗原さ んの携帯からの受信がズラリと並んでいて、ウチの関係者だと確信したそうです」

「持ち主は新社長・・・」 携帯も見当たらなかったので、祈る思いで携帯に連絡を と何度もダイヤルしていたのだ。

「はい、後ほど営業の方が届けてくれるそうです」 「わかった、で 大阪の番号というと」 「おそらく奥さんかと」 「だろうな・・・で、奥さんから会社の方に連絡は?」 「今の所 まだ何も。でも時間の問題や思います。不審に思われ 、やがてココにも連絡が。その時何と答えてよい物やら」 「わかった、ココで用を済ませれば直ぐに帰る」

内臓が キリッ と痛む感じがした。

何度携帯に連絡しても返事の無い 主人。 不審に思い 白浜冷凍に問い合わせて来るのは火を見るより明ら かだった。 坂本、元社長に連絡するしかないか。。。

その時 「栗やん、やっぱ改造だらけだったわ」 放置バイクを分解、点検していた 店長の松木が呼びに来た。 軽トラ脇に 例の原付きが分解されていた。

「リミッターカットとかか」 「ああそれだけやない、プラグ交換、ブレーキパッド交換、ミッ ションオイルの交換、チェーンの遊び調整、クラッチケーブルの 遊び調整までも」

「素人でも出来るのか」 「まあ、少しばかりの知識があれば出来なくは無い、ただコイツ の取り付け方を見ると プロ並みの手際の良さや」

「松っちゃんとこも、やってら?」 「とんでも無い うちは違法改造は絶対お断りやけん」 慌ててかぶりを振った。

「で、栗やん リミッターカットのCDI交換。そこから 手がかりつかめそうやけん」 「本当か」 「多分やが、紀伊田辺のショップオリジナル物や これ」 「となり町やな」 白浜界隈での 暴走族は存在しなかったが、 紀伊田辺では幾つかのグループの存在を聞いたことがある。 「ショップに聞けば、元の持ち主 多分わかると思う」 言いながら 松木はダイヤルを回してくれていた。

空を見上げると 相変わらずの晴天だった。

(こんな好天気だというのに・・・)

まぁ 一歩前進は確かやけん。自分に言い聞かせた。

つづく

※ 当記事は フィクションですので 万が一、実在するいかなる個人、団体とも 一切の関係はございません

(-_-;)