午後11時40分。。。 ライトアップの消灯まで、まだ余裕が。。。 改札を出た時、時計の針を確認するや、それまでの急ぎ足をやめた。 久しぶりの酒の席だった。。。 40代では少々の無理も効いたが、50を超えた今とあっては、 少々こたえるものがある。
にしても。。。森島碧・・・
「え。駅は芝公園ですか。うわーめっちゃ近いんでしょ。東京タワー」
彼女の言葉をかみしめながら、地上への階段を登る。
地下構内の、雑多に澱んだ空気が遠のき、 ようやく樹木の薫りが漂い始めたとき、地上に出る。
お。今夜も!。
オレンジのライトに燦然と輝く、東京タワー。
そう。
いつでも眺められ、癒される。。。 そのために、少々の無理をしたのだった。確かに賃貸料は高いものがあった。 スカイツリーも、それなりの感動なのだろうが、どういう訳か 東京タワーの方に愛着を感じる。 愛着と言うより郷愁に近いものなのだろう。
ピ。と鳴ってエレベーターの扉が開く。
「けど、なんでまた変な名前つけたのよ。何度聞いても忘れる」 酔いに任せ、からんで来た西崎の言葉に、またも森島碧が反応した。
「もしか、野口冨士男ですか」 「え、まさかご存知?」 思わず彼女の眼を覗き込む。 「えまぁ。。。」 私の視線を外すように、彼女は俯いた。
新春時代の同僚さえ、知る者は多くなかった。
そういう私も、学生時代、教授に勧められるまでは知らなかった。 すっかりはまってしまい、選んだ卒論のテーマが野口冨士男の「風の系譜」
まさか、平成の今。いくら西崎事務所で働くとは言え、 野口冨士男を知っているとは・・・。
「風の系譜社」
確かに、西崎が云うように社名としては違和感がある。
だが、自分にとっては やはり最高な社名だと思う。 真鍮に輝く看板を、しばし見続け、ようやく事務所の扉を開けた。
※
「それにしても、初恋か。。。。」 上着を脱ぎ捨てるや、ソファーに座り込んだ。
心が騒いでいた。
初恋と言うのではなかったが、どうしても消息の気になってる女(ひと)が居た。
あ、いやいやそれより、この段ボール。朝までに応募作品の下読み。。。
文芸新春時代の後輩、三好菜緒子の顔が浮かぶ。
「お願い佐伯部長。。。あいえ、佐伯社長。。。」 新春時代、一番叱りつけた三好菜緒子だったが、 独立後も何かと相談ごとや依頼ごとを寄越していた。 だが、それは独立間もない、資金に乏しい私を助けるための仕事の依頼だったのだ。
今回の場合も”お願い”を装っての仕事の依頼なのだろう。 彼女の気遣いが嬉しい。
久々の徹夜仕事。まぁそれも良いか。 ひとりごちながら、段ボールの山に向かった。
つづく
今更ながら、言うまでもありませんが、当シリーズはフィクションです。 従いまして、地名、名前 等はすべて架空のものです。万が一 同姓同名同社の方が居られましても、なんら関わりは御座いません。