もともとあった自然の河に、人工的に手を加え、まっすぐに仕上がってしまった岸壁が”いかにも”と云う感じで無粋だった。 遠くにはコンテナをつり上げる鉄骨の巨大なキリンがズラリと立ち並び、倉庫や船の修理工場が多くあった。けれど、視界を狭めるならば、…
前回までのあらすじ1981年(昭和56年)3月、恋人との哀しい別れを経験した森野彰。すさんだ日々を送っていた。そんなある日、泉州アパレルの原田社長からの誘いで楽しいひとときを。だが、深酒の結果、ヤクザに売らなくても良い喧嘩を。。。。案の定、ズタ…
「あほッ 自分で慰めてただけや」「え?慰めるてナニを」彼女はさらに真っ赤な顔になって「あほ」と云いながら テーブルのフキンを投げつけ笑った。投げつけられたフキンは、首に当たったあと、膝に落ちた。湿ったそれを拾い上げながら「そんなあ。いったい…
なにやら篠原さんの呼ぶ声がし、振り返ってみると常に閉じられていた寝室側のカーテンだったが、すっかり全開。少し遠く、通天閣の先っちょ部分が見えた。篠原さんは、窓を開け「寒ぅない?」と訊き「こないな時間に部屋に居るんは、一週間ぶりやから空気を…
大阪市の地図で云えば、中心部(本町あたり)から南西の方角に車を走らせ、たとえゆっくりな速度だとしても20分とかからない。さらに5分も走れば大阪湾に突き当たる。篠原芳美さんのマンションはそういう場所にあった。リビング側の窓からは、建設中の大…
会話も途切れ、ふたりともテレビに集中している時だった。篠原さんはテレビの画面に向かったまま何ごとかつぶやいた。丁度テレビの音声とかぶってしまい聞き取れず「え?」と云うと僕の方を振り向き「しかし、かなり呑んだのやね、あそこまで呑むて、いった…
隣の部屋からの、シチューの匂いと野菜か何かをきざむ音で目覚めていた。ザクザク。トン、トトトン。鍋のフタを閉じる音。フライパンの水や油が弾ける音。そして食欲を刺激するこの匂い。。。腹が小さく鳴った。。。こういうなにげない生活の音と匂いにこそ…
漆黒のベンツは急停止し、しかもわざわざ、横までバックさせて来た。運転席から男が降りた。思わず周囲を見渡す。雨の深夜とはいえ、さすがにミナミの繁華街。遠巻きにこちらの様子を伺う何人かの通行人が居た。(人前でまさか素人に手、出せへんやろ)とい…
なにやら女の悲鳴が聞こえた。それは、うっとか、はぁっとかのほんの一瞬。すぐ間近に聞こえた気がし、はっと目覚めたのだった。部屋は闇につつまれ何も見えなかった。もう一度耳を澄ましてみたもののやはり何も聞こえない。はて・・・?いつもの布団ではな…
ドンっ! でわずか十秒足らずで決着のつく男子陸上百のドラマ。 そんなので一年間も引っ張るなんて出来るわけない。せいぜい三ヶ月で完結かも と思いながらスタートさせた(狂二4)シリーズ。。。 いやはや 年末ぎりぎりまで 掛かってしまいました。 それと …
この本(自分を売る男、猪瀬直樹)佐高信 著 七つ森書館なんと二年前の十二月が初版。 いやはや ずっと前から猪瀬直樹の正体か看破されていたのですなぁ。 畏れ入谷の何とかで。 中はといえば、 次から次へと まーこれだけ奴の悪口言えるモノだと 笑ってしま…
2013.8月10日(土曜)午前6時 家島諸島タケ島、2海里ほどの沖合い。波は静かだった。 ポンポンゴロロ。。。エンジン音を立て、ゆらゆら揺れる漁船”秀治丸”船長の田嶋秀治はすでに高い位置にあった陽を見上げた。 「サヤカっ、陽も高こうなったけん…
通常なら数日を要する検査結果だが、病院側の特別な配慮で、即日に出るらしい。 本人はもちろん、山根監督を始め篠塚と鈴木の陸上部関係者が診察室に呼ばれて行った。 入れ替わりのように森野常務が駆けつけてきた。 「寺島さん、電話ありがとう」 「あ、わ…
「今 検査中って?」 「あ、寺島さん。。。」 私を見るや彼女は、今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。 少し離れたベンチには、ほかの付き添いと思われる年輩のご婦人が座ってられた。こちらの会話どころじゃない雰囲気を漂わせてはいる。だが声を潜め「大変…
「大変です。河本さん、トラックに撥ねられ病院に運ばれてしまいました」 「は、はあ!?」 鈴木圭子からの電話に、素っ頓狂に叫びながら携帯を右手に持ち変えてみた。何かの訊き間違いかも知れない。 「トラックに?」 「えぇ。。。」 「だ、誰が?」 「で…
「失礼します。寺島さんがお見えです」 森野常務が軽くノックすると 「はいご苦労さまです」 女性秘書が顔をのぞかせ 「先ほどからお待ちです」と微笑んだ。 「寺島さん、どうぞ」 「あどうも。失礼します」 新聞社時代の社長室に入る時の緊張感がよみがえる…
5月末から6月にかけ、私の周辺でも急に慌ただしさを見せ始めた。 またもや、文芸新春社編集部三好菜緒子からの電話が始まりだった。 「寺島さん、来週上京されますよね。ジャパン陸上」 「えぇもちろん。今のところ8日、午前中を予定してます」 河本の世…
「先日はありがとうございました。おかげさまで記者会見も無事」 「あいえ、見事な司会ぶりでした。それより就活中って?」 「えぇまぁ・・・」 一週間ぶりに見る鈴木圭子の笑顔だった。ダークグレイのスーツが良く似合っている。珍しくアップにまとめたヘア…
「今の、もしかしてヒロシから?」 携帯フリップを閉じるや河本が訊いてきた。 「え、えぇ。なぜそれを」 「1時半に迎えの約束を。例のオヤジの件です」 え?と袖をめくった。腕時計の針はもうすぐ1時半になろうとしていた。あれから2時間近くも話込んで…
「将来、マラソンでも世界記録に挑戦とか」 つい口に出てしまったが、もちろん軽い冗談のつもりだった。 だが、 「あ、三浦教授。。。。」 私の言葉に山根は反応し、三浦顧問の名前を口にした。 たしかあれは正月。三浦顧問と山根とが言い争いを演じたことを…
ようやく河本が顔を上げた。 「森野さん、契約は1年、あいや半年。これでどうでしょう。もちろん契約料もその分割り引いてもらって結構です。いや是非そうして下さい。その代わり。。。」 言いにくいのか言葉が詰まった。 「その代わり、何でしょう」森野が…
「ですから今回の話。それまでの逆なんです。いわばご褒美みたいな。そういう風に考え直して頂けませんでしょうか」 森野常務が放った言葉に、河本は一瞬だけ反応をみせた。だが、再び考えこんでしまった。沈黙が続いた。 何事も即断即決が信条の男にしては…
新聞、テレビなどマスメディアで連日のように報道されているおかげなのか、毎日のように会っている感がした河本だったが、 実際に会うのは一週間ぶりのことだった。 「え、少し肥えました?」 引き締まりスリムだった頬もふっくらしている。 「分かります?…
一週間ぶりの大学通りだったが、道行く学生たちの表情には明らかに変化があった。 どの学生も背筋が伸び、いきいきと明るく、希望に満ちた笑顔を振りまいている。 大学通り商店街、入口の頭上には(”祝 9秒台 河本浩二君”)と大書きされた横断幕が掲げられ…
録画再生で見終わったワイドショー。停止ボタンを押した瞬間に陳麗花・・・いや、今では室井婦人となった室井麗花の顔が浮かんだ。 同時に昨日、競技場に向かっていた栗原専務が途中引き返したコトも思いだされ、白浜のあの穏やかな風景が目の前に広がった。…
「**新聞のモトムラと申します。あれこれ調べてみても河本浩二さん。過去の陸上競技記録がまったく出て来ないんです。このあたりのご説明を賜れば幸いかと」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「じゃあ俺、あいや僕の方から」 河本がテーブ…
仕事場を兼ねたマンションに戻って来たのは、午後3時を回っていた。ネクタイを解きながら留守電のチェック。つい昔からの習性で留守ボタンを押してしまうが、今どき固定電話への留守電などやはり何も録音されていない。上着を脱ぎ、顔と手を洗う為洗面所に…
紹介のビデオが終わり、部屋に明かりが戻ると司会役の社員が再びマイクを握った。 「それではお手元の資料をご覧下さい、ただ今より補足説明をさせて頂きます」 「じゃがその前にや、森野っ」 VTRの再生中に入ってきた男が、声を上げた。女子社員に車椅子…
すっかり見慣れたはずの北摂大学総合グランドだが、カメラ映像が捉えたそれはどこかよそよそしい雰囲気を醸し出している。 女性リポーターが「ここ、このグランドでの汗と涙が男子陸上100メートル”夢の9秒台”をもたらしたのです」と仰々しい口調で語り始…
スタートでつまずいてしまい、大きく出遅れた河本浩二。 だが体勢を立て直すや、陸上部初日に見せたあの怒濤の猛スパートをかけた。 耳を澄ますと、他の選手たちのスパイク音に比較し河本の場合、明らかに特徴があった。 一瞬の雨で少し湿ったトラックだった…